キングスマン ゴールデンサークル

 

2月にIN☆POCKETという雑誌でやっていたコラム「非リア王」とマイナビでやっていたITコラムと今やっている時事コラムの一部を収録した文庫が発売する。

それに合わせ2月22日でサイン会、他三省堂有楽町店様や東京都写真美術館様、下北沢織部様などに協力いただき祭(サイ)をする予定なのでよろしくお願いします。

 

 

ところで今発売中の映画秘宝にイラストを一枚寄稿させてもらっている

私は「トホホな映画」つまり、若干がっかりだった映画として「キングスマン ゴールドサークル」のイラストを描いているのだが、正直この映画死ぬほど面白かった

何故ならこの映画を見る数時間前に「デビルマン」を見ていたからだ。

だがそれを差し引いても面白かった。

そもそも最初は「2018年面白かった映画ベスト10」を挙げてくださいという依頼だったのだ。

しかし2018年に見た映画の本数が「4本」という衝撃の事実が発覚した。

4本しか見てない中で、それで順位をつけるというのは逆に角が立ちすぎる、よって残念だがお断りしようとしたらでは「トホホな映画のイラスト」を描いてくださいと言われたのである。

しかし4本しか見てないのに、その中で一番クソだったものを挙げるというのは、俺がその映画の監督だったら、そいつをサッすると思う。

よって、先方にクソ映画を選んでもらい、クソ前提で視聴して、クソでした、という感想を書くという、どちらにしてもサッされる流れとなった。

まず先方が提示してきたのは「空海 KU-KAI 美しき王妃の謎」であった

 

なるほど空海を「KU-KAI 」と表記してしまう時点で、期待値が下方に高い。

しかし、私はこの映画が公開された時「猫好き号泣」と言われていたことを知っている、もちろんツイッターでだ、大切なことは全てツイッターが教えてくれる。

よって「猫は死ぬのか?猫が死ぬなら宗教上の理由で見ることはできない、猫が悲しい目に合うのも無理だ。3か月は寝込んでしまう、猫だけに(爆笑)」とゴネた。

思えば「旅猫リポート」の感想イラスト依頼が来たときも全く同じゴネ方をした、基本的にタダじゃない仕事はあまり断らないが、猫が死ぬ仕事だけは即断る。

ゴネゴネしたところこのKU-KAIは「グレー」と判断されたので代わりに提示されたのが「キングスマン ゴールデンサークル」だったのである。

キングスマンは映画をあまり見ない私でも前作を見ているので、ちょうど良いと思ったが、前作が良かっただけに「続編はがっかりだったのか」と残念に思いながら見たのだが、最初書いた通り、メチャクチャ面白かった。

キングスマン、とは表向きは紳士服屋「キングスマン」が実はスパイ組織というアクション映画である。

スーツ姿のメガネ中年紳士のスタイリッシュアクションと聞いたら、それだけで好事家は全身ずぶ塗れになってしまうだろう、私も完全に傘を忘れてきた人になった。

しかしスタイリッシュなだけではなく、ブラックユーモア、ゴア描写、下ネタも多く、萌え映画としても娯楽映画としても非常に楽しめる作りなのだ。

そして続編がガッカリだったかというと、そんなことはなかった。

前作でメガネスーツ紳士のスーパースパイ「ハリー」が蝶々を追いかける(比喩ではない)ボンクラおじさんとして登場した時は「えっ…」と思ったが、復活してからの活躍には、今度はこちらが作中にでてくる「水がいっぱい入って来る部屋に入れられた人」状態になる、つまりズブ濡れだ。

 

それにクドいようだが、私はその数時間前にデビルマンを見ていた。

そのことによりキングスマンゴールデンサークルを見て「映画ってこんなに面白いものだったんだ」という「米は美味い」みたいな原点に立ち戻ることが出来た。

後半の軽快な音楽に合わせてのアクションシーンには「アクションってこんなにアガるものなんだ」と思ったし「カントリーロード」の部分には「あ~!あ~!あ~!」と「映画というのは感情を殺すものではなく揺さぶるものなのだ」なのだと思い出した、デビルマンに殺されたものがキングスマンで次々に生き返ったのである。

これが普通に趣味で見たものだったら良かったのだが、私は見終わったあと途方にくれた

「どこもクソじゃねえ」と。

仕事上、クソじゃないものにクソと言わなければいけないという、完全なクレーマー、完璧な当たり屋だ。

 

よって結局「前作に比べると」という話になる。

今作も面白かったが、前作は「威風堂々」という映画史に残る名シーンがあるので「瞬間風速」で言えば、前作を越えることは出来なかったと思う。

そしてラスト、私個人は主人公とヒロインがキスして終わる映画は嫌いではない、しかしディープブルーでヒロインがサメに食われた時誰よりも早く立ち上がって拍手したし、先日も「ダークナイト」をわざわざレンタルしてヒロインが爆死するところだけ30ぐらい見た。つまり「何がキスでハッピーエンドだ、みんなしね!」という気骨で作られた映画も好きなのである。

キングスマンも男女のイチャつきで終わる、という点では同じだが、他と一線を画しているのは「キスの代わりにAF」を用いている点だ。

男女がキスしてハッピーエンドに完全にツバを吐くでもなく、別の部分をキスさせて終わるという「キッス・アス」なラスト。「新しい!」と感動さえ覚えた。

それに比べると、続編のラストはスイートが過ぎる、こういう終わり方も嫌いではないが、前作のラストに滂沱の涙を流したものからすれば「ファイナルファンタジーⅩに涙を搾り取られたあとのⅩ-2」という過去の苦い記憶が甦る

つまり全体的に前作より「甘口」になっている、冒頭数十分で前作の貴重な紅一点が爆死する点は良いが、前回が辛すぎたという人間にはちょうど良くなっているからかもしれないが、前より辛くなっていることを期待して見た者からすれば、トホホと言えなくもないといえばないかもしれない。

 

だが、それは無理に悪い所をあげれば、という話であり、私にとっては本当に面白かった。

何度でも言うが私はその数時間前にデビルマンを見ているのである。

 

これは画期的なことだ。

何の気なしに見た映画がクソなのは良い、しかし、推しが俳優として出ている映画を、頼むからクソじゃありませんようにと願うのは人情だろう。

だが、どんな良い演者を使っても、題材や脚本の時点で「約束されたクソ」というものが映画にはある。

そんな時我々は「推しはがんばっていた」と擁護することしか出来ない、何も出来ない、我々は無力だ。

しかし、出来ることはあったのだ「推しが出る映画を見る前にデビルマンを見る」ということを。

これで推しがでる映画は全て「世紀の名作」と化す。

つまり、デビルマンを見ることによりこの世から「クソ映画」は消えるのである。クソ邦画界を終わらせたどころか「クソ映画」という概念すらデビルマンが消してしまった。

デビルマンは「単体で一人で見る」という用途以外ではこんなに価値があるのだ、これからもしつこく押していく

 

後キングスマンは普通におすすめ

 

 

 

 

 

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