ブスの家訓

 

ブログをもっとちゃんと更新すると言って3か月経った、お前はいつもそうだ

放置している間にまた、新刊が出た。

マイナビで連載しているほがらか家庭生活の書籍化である

「ブスの家訓」というタイトルだが、「ブスが決め手の激ウマ時短レシピ」など、あまりブスに関係した話題はない。タイトルの通り婦人になった俺様の家庭生活のことが書いてある、と言いたいが、たまに「宇宙」の話とかも出てくる。

では何でこんなタイトルになったかというと、完全に以前出した「ブスの本懐」のせいだ。

この本を出したことで「ブスの本懐を書いた人」略して「ブスの人」と言う「完全に悪口」なイメージを持たれるようになってしまった。

ブスの本懐が100万部売れてドラマ化もしたというのなら、全然ブスの人で良い、何だったら自分で名乗るし、東でブスの話が聞こえれば「ブスの事なら俺を通しな!」とアメ車のバンパーに乗って登場する。

しかし、全くそこまで売れてないのにこの始末である。

つまり何が言いたいかというと、俺がこの胸に「ブスの人」という勲章をつけられるように、今から100万部売れるべきだと言うことだ、別に1人が100万冊買ってくれても構わない。

そうすれば「あのブスはワシが育てた」と言っていい。

しかし当時に比べても「ブス」という言葉はますます使うのが厳しくなってきた。

もちろん最初から他人に向けて良い言葉ではないが、最近では自称でも「もう!そんなこと言っちゃダメだよ!可愛くない女の子なんていないんだから!」怒られるようになってしまった。

つまり「ブスと名乗りたいなら今の内」と言うことである、禁止用語になってからでは遅い。

「顔のデザインが地球向けでない」「世間の評価が追いついてない外見」など言い換えは出来るが、意識高い系の臭いが鼻につくし、何より長い。

むしろそれらの事をたった二文字で表現出来てしまう上にパワーまで持っている「ブス」は、数ある言葉の中でもかなりの美形だ。

ファッション誌の表紙に「この春ブスを纏う」というキャッチを載せても全然通ると思う。

もちろん良い意味ではないし、それに傷つく人がいる以上あまりでかい声でいうな、というのもわかるのだか、消してしまうには惜しい言葉だと思えるのだ。

これからあまり聞けなくなるかもしれない「ブス」という言葉を一生分見られるという意味では多分本書がナンバー1ではないかと思う。

私が名実共に「ブスの人」と呼ばれるように、ぜひ今からでも買って燃やしてほしい

 

 

 

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