映画「賭ケグルイ」

みんな、エンドゲーム見てる?俺は賭ケグルイを見た。

自主的に見ようと思ったわけではなく先日、BE-LOVE(ビーラブ) 2019年 06 月号 [雑誌]の映画紹介ページを単発で担当させてもらったのだが、その課題映画が「賭ケグルイ」だったのだ。

つまり仕事で見たのだが、とても面白かった、劇場では今日公開ということで、せっかくなので雑誌では書ききれなかった感想を書きたいと思う。

ネタバレをするので、これから見るという方は以下読まないことをお勧めする。

 

 

 

 

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賭ケグルイは、すでにアニメ化やドラマ化もしている人気漫画の劇場版である。

私も原作の方は2巻ぐらいまでは読んでいる。

それはほとんど読んでないのと同じではないか、と思われるかもしれないが、これは正直でかい。

私は、映画に関してはIQが0.7という、視力と完全に一致してしまうのだが、映画を見るに際して「馬鹿」というのは諸刃の剣なのである。

頭が良かったり、知識が豊富だったり、勘が良かったりすると、良く言えば通気性の良い、悪く言えば穴だらけのシナリオにすぐ気が付いてしまい映画が楽しめなくなってしまうことが多いと思うのだ。

逆に私はIQ0.7の皮膚の厚さが50センチという鈍さなので、メッシュから水がジャンジャン漏れているような穴の開いた話でも気づかず「面白かった」と思えるタイプである。

だがバカゆえに、難解な話になると理解ができないために、面白さもわからないということもあるのだ。

例えば、先日見た「映画刀剣乱舞」も「織田信長とか…そんな突然知らないオリキャラの話されても…」という知識レベルだったら全く楽しくなかったと思う。

よって、漫画原作映画も、全く原作の予備知識がないと、世界観を全く理解できないまま終わり「よくわかんなかったから面白くなかった」というクソのような☆1レビューをしてしまうことになってしまう。

馬鹿にもわかるように作らなかった方が悪い、と言われればそこまでだが、映画という限られた時間の中で初見の馬鹿に全てを理解させるというのは至難の業なのである。

つまり少しでも原作を読みかじっていることで「初期設定を理解するのに躓く」という事態を防げるのだ。

しかも、映画賭ケグルイは「オリジナルキャラ多数出演の完全オリジナルストーリー」という原作ファンが一番血反吐を吐きがちなタイプなのだが、逆に言うとあまり知らない人にとっては好都合な作りなのだ。

賭ケグルイの世界観だが、私立百華王学園という金持ち学校が舞台なのだが、そこはヒエラルキーが全て「ギャンブル」で決まるという少し変わった学校であり、ギャンブルに負け借金を背負った者は男は「ポチ」女は「ミケ」と呼ばれ家畜同然の扱いを受けるというなかなかエグイ設定だ。

その学校に転校してきた、謎の美少女ギャンブラー「蛇喰夢子」が賭ケグルイの主人公である。彼女は無類のギャンブル狂で、学校を牛耳る生徒会長「桃喰 綺羅莉」との対決を切望している

これだけ知っていれば、もう映画を見ても大丈夫だ。後はポロリのない美少女だらけのカイジが始まると思ってもらえれば良い。

そう書くとつまらなそうに聞こえるが、美少女たちは大半イカれているか著しく性格が悪く、普通の感覚の人間は雑魚という世界観なので「夢子ちゃんカワイイんだから、そんな顔しちゃダメだよ。ナンチャッテ(^_^;)」と思わずおじさんのLINEになってしまうような「イイ顔」満載なので、見ていて楽しい。

そんな、イカれ女子たちに原作でも振り回されているのが、平凡な男子高校生「鈴井 涼太」なのだが、劇場版ではそれ以上に振り回されている男が登場しており、個人的には彼こそが「映画賭ケグルイ」一番の見どころと思っている。

今回「村雨天音」という、映画版オリジナルキャラクターがおり、彼は完全無欠の生徒会長「桃喰 綺羅莉」(化粧のセンスが全く高校生ではない)にギャンブルで勝ったことがある、というなかなかすごい設定で登場するのだが、正直彼が「ポンコツ」なのである。

ギャンブルの才能は確かにあるのだろうが、対人間になると、オレオレ詐欺に引っかかりそうなレベルで鈍い。おそらくIQ0.2、皮膚は1メートルあると思われる。

つまり、人間の裏をかくのが肝心なギャンブルの天才なのに、人間自体は全く疑っていないという、何考えてそんなパラの振り分けしたんだという人なのだが、これはある意味仕方がないことなのだ。

何せ周りの女が全員イカれているのである、それに対し彼はギャンブルの才能はあっても、イカれ女群雄割拠の中ではあまりにも性格が常識人すぎるのだ。

そんなのブンブンに振り回されるに決まってるよ!

そんなワケで、ダイソン級の遠心力で、姉に、生徒会長に、夢子に、そしてあの何か宗教色強めの女に、とメチャクチャ振り回される村雨さん。

残念なことに、彼はギャンブルには強いが人の心が全くわかっておらず、だが善人、というメチャクチャなバランスで生まれた人なので、私でも「足元で動物が死んでる級の怪しい臭いがする」とわかる人間にもマジで騙されるし、裏切られてちゃんとショックを受けているので、実に不憫なのである。

ちなみにギャンブルの天才描写も若干あるのだが、その後あと隣に動物の死骸があったことに全く気付いていないということが判明するため、そのすごさが完全に打ち消されている。

そのあたりからどんどん口数が少なくなるのだが、それに反比例して夢子は一人でテンションがガンガンに上がっていき「さあ賭ケグルイマしょう!」とついに絶頂。それに対し「傍観」という状態にまで陥る

だが、これは決して「何か凄そうな感じで出て来たのにクソザコじゃん」という肩透かしを食らったという怒りではない。

村雨さんはこのような状態にあるせいで「ずっとシコい」のである。

これは、不憫な男好き、苦悩が深すぎる男フェチは生きて帰れねえな、というレベルなのである。

また背が高く、スタイルがメチャクチャ良く、さらにカソックというロイヤルストレート役満な出で立ち、こんな男がずっと女どもにムチャクチャなことを言われて、難しい顔をしている、というだけで、この映画は見る価値がある。

 

映画版オリジナルキャラ、オリジナルストーリーというと「見えてる地雷」扱いされることが多いが、このような5兆SSP(シコシコポイント)キャラが爆誕したことを考えると、捨てた者ではない。

オタク沼地獄でも書いたが、何でも、先入観や食わず嫌いで判断してはダメなのだ。

ちなみにストーリーに関しても私は最後までハラハラ出来て楽しかったが、何せシナリオの破たんについては全く気づけない方なので「デビルマンはクソだと気付いたが、キャシャーンは普通に楽しめるレベルの人」なら、楽しめると思ってほしい。

 

 

 

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