ひとりでしにたい5話

ひとりでしにたいは毎週日曜日コミックデイズで再放送連載中です。連載再開は10月4日予定

おかげさまでコミックデイズアクセス一位を瞬間的かもしれませんが獲得できました

しかし二位が「こづかい万歳」という地獄のような構図、我が国ますます景気下げて行きますぞ!という気合を感じる暗澹たる結果だ。
ちなみにこづかい万歳は、決して多くない小遣いを色んな人がどう楽しみながらやりくりしていくか、というおもしろい上に非常に役に立ちそう(実際立つと思う)内容なのだが何故か「絶対真似したくない」と思わせてくれる稀有な作品になっている、おそらくこれが「作家性」という奴である、見習わなければいけない。

ひとりでしにたい5話は、単行本が発売した時も、一番様々な意見が出た「実家の太さ」問題の話。

親の物理的体積の話をしているわけでなく、実家の経済状況のことだ。

これを言うと全員萎えるのであまりでかい声では言わないようにしているようだが、子どもの学力というのは親の経済状況に比例している、つまりソシャゲと同じで、課金するほど強くなるシステムというのは、みんな薄々感づいているところである。

バカにどれだけ課金しても、おぼっちゃまくんみたいになるだけだろうと思うかもしれないが、私でも日本語が喋れるように(最近若干忘れかけている)どんなバカでも金をかけて幼いころから英会話をさせれば、バイリンガルになれるのだ。

学力はもちろんだが、家が裕福な方がいろんなことをさせてもらえるので、経験格差も広がるし、肉体的にも精神的にも余裕のある家の方が健康的に育つことが出来るのだ。

しかし、家に余裕がないからと言って、進学を諦め、学歴やスキルがないまま世に出てしまうと、結局低賃金の仕事にしかつけず貧困スパイラルに陥ってしまう、よってそこから抜け出すために、そんなに余裕のない家の子どもは「奨学金」というリスクを取って学歴を手に入れることになる。

自分が子どものころはまさか、自分の親が、駅の隙間で立ったまま缶酒を飲みながら「ステーションバー!」とかやりながら、自分を学校に行かせてくれていたなどとは夢にも思わなかったが、この夢に思わなかった勢、つまり親に学費を出してもらえるというだけで、かなり恵まれているのだ。

そして夢にも思わなかった勢は親に学費が出せず自分で借金して進学している勢がいるということも、夢にも思わなかったりするのだ。

恵まれていることや、それを利用するのは悪いことではない、むしろ裕福な家に生まれたのに「親には頼らねえ」とせっかく太い親のスネをグレッチで殴って家出する方がどうかいしている。

もちろん「将来僧になりたい」などの夢が確立しているなら仕方がないが「そういうのがカッコいい」と言う動機だったら愚かと言えるレベルでもったいない。

ともかく、実家が太い勢がその恩恵を受けるのは全く悪い事でなく、細い勢に申し訳なく思え、ということはない。

しかし「自分のように親を学費を出してもらえるのが普通」という認識でいると、そうじゃない人に全く無自覚なまま無神経な発言をしてしまい、ヘイトを買い、ある意味孤独死一番の原因である「孤立」を招くことになる。

普通はなくても「平均」はある、しかしその平均も時代と共に変化していくため、そこがアップデートされないと、自分の中の古い基準で話をしてしまい「老害」と呼ばれるようになってしまう

「どこの家にも子どもの面倒を見てくれる、祖父母の一人はいるだろう」という発言は「家庭観」がアップデートされていない人間の発言だが、情報が更新されないと自分もそれと同じようなことをいつ言ってしまうかわからないのである。

例え自分が平均であっても、それが普通とは思わず「それ以外もいる」ということを常に意識しておかなければいけない。

かく言う私も、大学ではないが、親に学費を出してもらったくちである。

奨学金を借りる=ゼロからどころかマイナスからのスタート、つまり多額の借金を背負った状態でのスタートなのだ。

私のような人間が、そんなスタートを切っていたらどうなっていたか、今も返済しているのは確かであり、最悪「倍に増えている」まである。

親に学費を出してもらえるというのは、とてもでかすぎるアドバンテージなので有効に使って欲しい、ドブに捨てた俺との約束だ。

まだまだ色々書きたいテーマはありますが、連載が続かないと、即安楽死編がスタートします。

それも書きたいが、まだちょっと早い、というわけで単行本購入など応援よろしくお願いします
 

 

 

あわせて読みたい